いい言葉

2010/ 08/ 25
                 
kotoba1

時々、「いい言葉ネット」から、なるほど~~と感心させられる
言葉の数々が送られてくる。
何度も読んで味わってみるけれど、なぜかすぐに忘れてしまう。

感受性豊かな中学生・高校生の頃にはそんなことはなかったのになあ~~。
って一体どんだけ昔にさかのぼってるんだよ~~。

今でも懐かしく思い出すのは、
高校生の頃からずっと芥川賞をもらえるような小説を書いてみたいと
思っていたことだ。
そのころ取っていた雑誌に「高校コース」という受験雑誌があった。
ふとみると、「原稿用紙50枚程度の創作小説」を募集していた。

何だか書いてみたくなり、遊び半分に書き始めてみたら、だんだん
調子が出てきて気が付いたら、一晩で50枚を書きあげていた。

我ながらびっくりして、こんなに一気に書き上げることができた
のだから、応募してみようと翌日ポストに投函した。

それっきり、そのことはすっかり忘れていた。

kazura

今年は、なぜか我が家のノウゼンカヅラがいっぱい咲いている。


小説を投函してから二か月近く経ってから、国語の先生に呼ばれ
「どんな内容の小説を書いて応募したの?」
と聞かれ、私が???できょとんとしていると、
実は高校コースから電話がかかってきて、私の応募した小説が一次予選を
通過したので、学校の方から、本当に本人の創作小説かどうか打診して
ほしいと言ってきたというではないか?


すっかり忘れていたことを鮮明に思い出して以来、ずっと選考結果が
気になって毎日そわそわしていた。
妹にも話してあったので、妹は
「学校の帰りに一番近い本屋へ行って見たけど佳作にも入ってなかった。
 別の本屋へ行って確かめてみたけど、同じことだった・・・」と言って
家に帰ってくるなり言っていた。

そりゃあ、どこの本屋へ行っても結果は同じでしょう!バカだねえ!

nousen

というわけで後にも先にも私の長編小説はこのとき限りで二度と
書くことがないまま、今現在に到っている。なあ~~んだ。

でも結構短編や新聞のコラムなどの投稿は採用してもらった
ものが多かった。特に朝日新聞の「ひととき」欄には何回も
採用してもらったことをチョット自慢しておこう。


kazura20

ノウゼンカヅラの咲き終わった後ってこんな実になるとは
知らなかった。


nouzen20


中学時代に憧れていた英語の先生が言った言葉は、今でもはっきり覚えている。

教えるとは希望を語ることであり、学ぶとは誠実を胸に刻むことである。

いま、仕事をしていて、人に教えるということがかなり難しいことだと
しみじみ思う。
何かを説明してもこちらの意図した言葉がそのまま伝わらないことが多い。

参加しているボランティアグループの経理を新しい人に引き継ぐこと
になって、手順や会計の集計、領収書の作り方など、できるだけ簡単な言葉
で説明してメールのやりとりをするけれど、
「なぜそういう話に変わっていくの???」というようなメールが返って
くると思わず大きなため息が出てしまう。

それは、経理経験者と未経験者の違いの問題ではなく、相手の話をどういう
風に聞いているか?の問題だと思うことが多い。

そしてメールに使われている言葉をどう理解したか?の問題でもある。

経理の技術的なことなど、覚えてしまえば簡単にできる。
しかし、どう理解したかによって出てくる答えは違ってくる。
更にそれをどう応用していくかにつながっていくので、言葉の理解力
は、かなり重要な要素になってくると思うことが多い今日この頃です。


sen1




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コメント

        

書くこと
こんばんは
ご無沙汰しています。
私も小学校5年生の時「いもほり」のことを書き、新聞社の応募に入選した記憶があります。学校から出したようです。
学校放送で朗読されて嬉しかったような恥ずかしかったような記憶があります。

私も高知新聞「声ひろば」に時々、投稿しています。
私も経理の仕事をしているので、よくわかります。
伝えることはむつかしい・・・・ですね^^’
ご無沙汰してます。
ホント、教えるって難しいことやと思いますよ。
今の仕事で、他の人に説明しなければいけないことが多々あるんですけど、自分ではわかってるから、教わる側の立場にたつことをうっかり忘れてしまい、気づいたら説明不足のことがよくあるんです。
いろんな人に出会って、「普通ならこんなことわかる」とかいう考えが自分の中で変わりましたしね。
私の説明を受けて、この人が「1つ賢くなった」って思ってもらえるのが嬉しいな、と思う今日この頃です^^。
<yumeさん>
v-170yumeさんも書くことが好きなんですね。

最近は新聞にも投稿しなくなりました。
いろいろ言いたい事があっても忙しさに紛れて
書くことも忘れています。ダメですよね。

説明して分かってもらうというのはお互いのレベルが
違うと益々難しくなってしまうんですよね。
<うるわし さん>
v-170そうですよね。自分が分かっているから
ついつい説明も省略してしまう部分があるんですよね。

どんな人にも「なるほど」と納得してもらえる説明が
できるようにならないと・・・・ということは
もっと自分自身が理解を深めないといけないということ
かもしれませんんね。
ずいぶんと忘れっぽくなっていますが、中学校の時先生が行ったこれだけは覚えています。
「人に物を教える時、相手が理解できなかったら、自分が理解できていない証拠です」
正解だと思います。
文章を書くことは難しいですね。
<こまっちゃん>
v-170> 「人に物を教える時、相手が理解できなかったら、自分が理解できていない証拠です」
確かにそうです。自分が分かっていないから、相手に伝えられない。
それは正解です。ところが会話が行き違うと教えていることまで見失って
しまう。
ああ、伝わらないなあ~~。でもそれも若しかしたらこちらの
伝え方が悪いのかも?ですね。
書くこと・いいですね
ご無沙汰しています
書くことって、いいですね。
これからもどんどん書いて下さいネ。

ノーゼンカズラに実がなるんですか?
知らなかったぁ~~

<miko さん>
v-170 こちらこそ、ご無沙汰してすみません。
mikoさんは、書くことがご専門ですものね。
うらやましいです。

ノーゼンカズラ、実なのか?分かりませんが
花が終わったあと、実のようなものが出来ていた
のでちょっとびっくりでした。
タイトル
いいお話をありがとうございました。
書くことは私も好きで、書きながら自分の考えていることを整理したり、
まとめてみたりという作業を日常的に、結構今でもしています。
書いているうちに自分の本音がわかってきたり、ってこともあるし、
書くことは、今でも私にとって重要な部分を占めてるかなあ、、、
と思ったりしてます。

教えることも難しいですよね、
全く仰るとおりで、自分の言葉をどれだけ相手が理解してるか、で
教えることの理解の深さが違ってくる。。。
いやいや、これは未だに痛感することです。

ノウゼンカズラ、花の後なんて気にしたことなかったのですが、
こんな風になるんですね、
今度注意して見てみたいと思います。
<まりおままさん>
v-170ままさん、体調は戻りましたか?
コメントありがとうございます。

ままさんのブログはとってもおもしろいというか
やはり書くことがお好きなだけあって読む人を
惹きつけますよね。
いつも感心しています。

ノウゼンカズラの花の後は、私も今年初めて気づいたのです。
ええ??こんな風になるの?って感じでした・・・・。